整体へ行ったときのことです。
先生が、
ある人についてかなり強い言葉で話していました。
その場には叔母もいて、
先生の話をずっと聞いていました。
私は横で聞きながら、
「聞いてて、しんどくないのかなぁ。」
と思っていました。
すると叔母が、
「あの人も一人でいろいろやって大変だから、
吐き出させてあげないといけないからね。」
と言いました。
叔母としては、
先生の問題を解決しようとしているわけではありません。
ただ話を聞いて、
「右から左へ流す。」
そんな感覚なのだそうです。
それを聞いて私は、
「えー。」
と思いました。
私は、
それでも嫌だなぁと思ったんです。
整体って、
自分が癒してもらうために行く時間でもあります。
体を整えてもらって、
少し力を抜いて、
「ああ、楽になったなぁ。」
と思いたい時間です。
そんなときに、
ずっと誰かへの怒りや不満を聞き続けるのは、
私はしんどい。
「自分が整体をしてもらって、
癒してもらうときに、
そんな負の感情を受け続けるのは嫌だよね。」
私はそんなふうに思いました。
だからといって、
「そういう話はやめた方がいいですよ。」
と先生に言ったわけではありません。
叔母には叔母の考えがあります。
先生は話したい。
叔母は聞いてあげたいと思っている。
そこには、
その二人なりの関係性があるのだと思いました。
それを私が変える必要はありません。
私はただ、
「帰るね。」
と言って、
その場を離れました。
それだけです。
そこに罪悪感は、
まったくありませんでした。
「叔母だけ残して悪かったかな。」
とも思いませんでした。
叔母は聞きたい。
先生は話したい。
私は聞きたくない。
だったら、
それぞれが自分の選びたいことを選べばいい。
「こうすることがお互いに良いと思った。」
というのが、
そのときの私の感覚でした。
でも、
あとから少し考えました。
なぜ私は、
あんなに自然にその場を離れたのだろう。
たぶん私は、
その先生のことを
嫌いになりたくなかったのだと思います。
先生は、
ときどき他人に対して
かなり攻撃的なことを言うことがあります。
もちろん、
それもその人の一面です。
私が知らない事情もあるでしょうし、
「そういう人だ。」
と決めつけたいわけでもありません。
でも、
その話をずっと聞いていたら、
私はその先生のことを
嫌いになってしまうかもしれない。
そう思いました。
私は一度、
「この人、嫌いだなぁ。」
と思ってしまうと、
その感情が結構長く残るタイプです。
会うたびに、
「やっぱり嫌いだなぁ。」
と思ってしまう。
そうなると、
今度はその人を避けるようになります。
その人がいる場所へ行かなくなることもあります。
考えてみると、
それって相手を遠ざけているようで、
実は自分の世界の方を
狭くしているんですよね。
行ける場所が一つ減る。
関われる人が一人減る。
だから私は、
嫌いになるところまで近づかなくてもいいのかな、
と思っています。
「なんとなく、その影は分かっている。」
くらいでいい。
全部を知ろうとしなくてもいい。
はっきり分かってしまう前に、
少し離れる。
先生を変える必要もないし、
叔母の付き合い方を変える必要もありません。
私が変えればいいのは、
自分がどれくらい受け取るかだけです。
聞きたくないときは、
その場から離れる。
今日は少ししんどいなと思ったら、
距離を取る。
それで、
必要なときにはまた普通に会えばいい。
距離を取るというと、
冷たいとか、
相手を拒絶するとか、
そんなふうに聞こえることもあります。
でも私にとっては、
関係を切るためのものではありません。
むしろ、
嫌いにならないための距離です。
自分を守るため。
そして、
自分の世界を狭めないため。
そう考えると、
少し離れることは、
そんなに悪いことではないのかもしれないなぁと思っています。
🌱 今日の気づき
人との距離は、
近ければ近いほどいいとは限らないのだと思います。
全部を聞かなくてもいい。
全部を知ろうとしなくてもいい。
相手を変えようとせず、
自分が受け取る量を少し減らす。
嫌いになってから関係を切るのではなく、
嫌いになる前に、
少し離れる。
それは、
自分を守るためでもあり、
自分の世界を狭めないための
距離の取り方なのだと思います。
今日も、自分を大切に。☕
生長の日々。ー未来へつなぐ– 