今の私は、若い頃より今の自分の方が好きです。
若い頃の自分と今の自分、
どちらが好きかと聞かれたら、
私はたぶん、
「今の自分。」
と答えます。
若い頃より、
仕事をしなくなったわけではありません。
むしろ今も、
仕事は好きです。
やってみたいことが見つかれば、
かなりの時間を使います。
新しい仕組みを作っていると、
気づけばずっと考えていることもあります。
だから、
「歳を取って、
頑張らなくなった。」
という感じではないんです。
何が変わったんだろう。
そう考えてみると、
昔ほど、
あくせくしなくなったんだと思います。
若い頃から40代くらいまでの私は、
「自分でやった方が早い。」
と思うことが、
とても多かったです。
誰かに仕事を頼んでも、
出来上がってきたものを見て、
「ここ、もうちょっとこうした方がいいのに。」
と思えば、
自分で直す。
仕事が増えたら、
「じゃあ、もっと自分が動けばいい。」
と思う。
どんどん仕事を抱えて、
それでも何とかしようとしていました。
自分でたくさん処理できることを、
どこかで
「仕事ができること。」
だと思っていたのかもしれません。
でも一度、
本当に自分一人では処理しきれないくらい、
仕事を抱えた時期がありました。
「もう無理です。」
と伝えても、
聞き入れてもらえませんでした。
当時の私は、
かなり苦しかったと思います。
さらに上の立場の人からも、
趣旨として、
「今は足腰を鍛えているようなものだから、
筋肉痛になるのは当たり前。」
「その先に、
もう一段上の景色が見える。」
そんな説明をされました。
私が苦しいと訴えていることよりも、
苦しくても続けることの方が
大切だと言われたように感じました。
あの経験を、
「あれがあったから成長できた。」
とは、
今でも思いません。
むしろ、
「無理だと言っても、
会社が必ず守ってくれるわけではないんだ。」
と知った経験でした。
会社への不信感も生まれました。
そして私は、
「一人で会社を背負っているみたいに
頑張るのは、もうやめよう。」
と思いました。
最初に変わったのは、
良い意味での変化ではなかったかもしれません。
「必要以上に頑張らない。」
「最低限でいい。」
そんな働き方になりました。
あの頃の自分に、
今の私が声をかけるなら、
「もう逃げてもいいよ。」
と言うと思います。
たぶん当時の私は、
「でも私が逃げたら、
会社や周りの人が困る。」
と言うでしょう。
そうしたら今の私は、
「このまま続けて、
私の心が壊れても、
会社は責任を負ってくれないよ。」
と言うと思います。
それくらい、
あの頃の私は、
自分より仕事を優先していたんですよね。
そのあと、
今の会社へ転職しました。
そこですぐ、
以前のように仕事を楽しめたわけではありません。
頑張っているつもりなのに、
なかなか評価されず、
「もういいかな。」
と腐りそうになったこともありました。
それでも、
あきらめずに関わってくれる人がいました。
その関わりがあって、
少しずつ、
「もう一度ちゃんと仕事をしてみようかな。」
と思えるようになりました。
気づけば今は、
また仕事を楽しんでいます。
でも、
昔と同じ頑張り方には
戻りませんでした。
今は、
仕事が立て込んで終わらなければ、
人に頼みます。
自分でなければできない仕事以外は、
私とまったく同じ仕上がりにならなくても、
お願いするようになりました。
最近も、
スタッフが作った議事録を見て、
「私なら、
もうちょっとレイアウトをきれいにするかなぁ。」
と思ったことがあります。
以前の私だったら、
そこから自分で直していたかもしれません。
でも今は、
「まぁ、
そこまでこだわらなくてもいいか。」
と思えます。
必要な内容が入っていて、
仕事として困らない。
だったら、
自分と同じ仕上がりにするためだけに、
仕事を取り戻さなくてもいい。
そう思えるようになりました。
スタッフを信じて任せて、
最後の責任は自分が負う。
その方がいいと思えるようになったんです。
これは、
私にとってかなり大きな変化でした。
全部を自分でやらなくなったら、
前より仕事が見えるようになりました。
昔は、
今日中にこれを終わらせて、
次にこれをやって、
何時までにここへ行って、
そのあとこれを片づけて。
そんなふうに、
分刻みで動いていることもありました。
目の前のことを処理するので精いっぱいでした。
今は、
以前ほどバタバタしません。
もちろん、
忙しい日はあります。
でも、
一度止まって考えられる。
「これは本当に私がやる仕事?」
「ここは誰かに任せられない?」
「この問題を会社として見ると、
何を優先した方がいい?」
そんなふうに、
目の前の作業より
もう一段上から考えられるようになった気がします。
昔の私は、
たくさんの仕事を
自分で処理できる人を、
「仕事ができる人。」
だと思っていたところがありました。
今は少し違います。
今の私が思う
仕事ができる人は、
「要所要所をきっちり締めながら、
物事を進めていく人。」
です。
全部を自分でやらなくてもいい。
任せるところは任せる。
でも、
見るべきところは見る。
判断するところは判断する。
そして最後の責任は持つ。
今の私は、
その方が好きです。
では今は、
もう頑張らないのかというと、
全然そんなことはありません。
むしろ、
やりたいことには
かなり頑張っていると思います。笑
ただ、
「頑張っている」のか、
「無理をしている」のか。
その違いは、
少し分かるようになりました。
私の場合は、
「苦しかったら、
無理をしてるかなぁ。」
と思います。
反対に、
産みの苦しみみたいなものがあっても、
自分が面白いと思っていて、
「どうしたらできるかな。」
と楽しみながら考えているなら、
それは頑張っていること。
今の私にとっては、
そんな違いがあります。
若い頃の自分を、
「間違っていた。」
とは思いません。
あの頃は、
あの頃なりに一生懸命でした。
自分で全部やろうとして、
あくせくして、
無理をしていることにも
気づかないまま走っていた時期もありました。
もちろん、
つらかった経験まで、
「あれで良かった。」
とは思いません。
なくてよかった苦しさも、
あったと思います。
でも、
そういう時間も含めて、
今の私がいます。
全部を抱えなくてもいいこと。
逃げてもいいときがあること。
人に任せてもいいこと。
自分と同じ仕上がりでなくても、
仕事は進むこと。
そして、
頑張ることと、
自分を壊すほど無理をすることは違うこと。
少しずつ、
分かるようになりました。
だから私は、
若い頃より、
今の自分の方が好きです。
仕事を嫌いになったからでも、
頑張らなくなったからでもありません。
自分がしたい頑張り方を、
自分で選べるようになったから。
たぶん、
そこが一番大きいのだと思います。
🌱 今日の気づき
昔の私は、
たくさん抱えて、
たくさん動くことが、
頑張ることだと思っていました。
今は、
全部を自分でやらなくてもいい。
任せるところは任せて、
自分が見るべきところを見る。
そして、
自分が本当に頑張りたいことには、
ちゃんと力を使う。
そんな働き方の方が、
私には合っています。
あくせくしていた時間も、
苦しかった時間も、
全部良かったとは思わない。
でも、
そこを通って今の私がいる。
そう考えると、
やっぱり私は、
若い頃より、
今の自分が好きです。
今日も、小さな生長を未来へ。🌱
生長の日々。ー未来へつなぐ– 