職員の成長レポートを、
AIを使って作っています。
最初に一人分を作ったときは、
本当に何度も調整しました。
文章を直して、
レイアウトを直して、
また崩れて、
もう一度作り直して。
Workで何度も作っていたので、
「このままやっていたら、
いつ上限に抵触するんだろう。」
とヒヤヒヤしていたくらいです。
それでも最後には、
「これならいい。」
と思えるものができました。
きれいな完成版ができたので、
「よし。
これを見本に残しておけば、
次から同じように作れる。」
と思いました。
毎月作るものです。
一人だけではなく、
複数の人について作ります。
だから最初の一人で形を決めておけば、
次からはかなり楽になると思っていました。
ところが、
次の人のレポートを作ってみたら、
崩れました。
「あれ?」
同じ見本を使っているのに、
思ったようになりません。
また修正。
また調整。
そのときに思ったのが、
「また1から調整しなきゃいけないの?」
でした。
しかも、
「これ、毎月繰り返すの?」
とも思いました。
一度きれいなものを作るだけなら、
何度でも修正すればいいのかもしれません。
でも、
毎月複数の人について作るものなら、
毎回一から直していたら、
仕事としては使い続けられません。
そんなことを考えながら
修正していたときです。
ふと、
「あれ?
これ初回の時もあったよな。」
と思いました。
デジャヴみたいな感じでした。
最初の一人を作ったときにも、
同じようなところで崩れて、
同じように直していたことを
思い出したんです。
そこでAIと、
「初回の時は、
こういうふうにやったんじゃない?」
「このときは、
こうやって直したんじゃなかった?」
と、
前にどうやって完成させたのかを
一緒に思い出していきました。
そのとき、
やっと気づきました。
私は、
完成品は残していた。
でも、
完成するまでの過程を
残していなかったんです。
どこで崩れたのか。
なぜ崩れたのか。
何を変えたら直ったのか。
何をすると、
また同じ失敗になるのか。
そこは、
「完成するまでの試行錯誤」
として終わらせていました。
きれいな完成見本さえ残しておけば、
次も同じように作れると思っていたんです。
でも、
実際には違いました。
完成品には、
「何をしたから、
この形になったのか。」
までは残っていません。
まして、
「何をすると崩れるのか。」
は分かりません。
だから今回は、
直して終わりにしませんでした。
「今回、
何が失敗だったんだろう。」
というところから
AIにも考えてもらいました。
そして、
次はどう作るのか。
何を固定するのか。
どこは変えていいのか。
という正しい作り方だけではなく、
「これはやらない。」
「この作り方をすると崩れる。」
という、
やってはいけないことも整理しました。
「そうね、両方覚えてもらった。
やってはいけないことを、みたいな感じでね。」
という感じです。
完成見本だけではなく、
正しい作り方と、
失敗した作り方。
両方を次回使えるルールにして、
情報源へ追加しました。
でも、
ルールを作っただけでは、
まだ分かりません。
本当に次も同じように作れるのか。
そこで、
もう一度別の人のレポートを作ってみました。
今度は、
崩れませんでした。
「やってみたら崩れなかったよ!」
ちょっと嬉しかったです。笑
一度うまくできたことと、
同じ品質で
もう一度作れることは、
同じではないんですね。
最初の私は、
成功した完成品を残すことばかり考えていました。
でも今回必要だったのは、
成功したものだけではありませんでした。
失敗したことも、
どう直したかも、
何をしてはいけないかも、
次に使える形にして残すことでした。
AIで仕事をするとき、
「できた。」
で終わってしまうと、
次の人でまた同じところから
始まることがあります。
私が今回確認したかったのは、
一人分がきれいに完成したかどうかではなく、
次の人でも、
来月でも、
同じように作れるかどうか。
そこまで確認できて、
やっと
「これなら毎月使える。」
と思えるようになりました。
🌱 今日の気づき
AIで一度うまくできたからといって、
次も同じようにできるとは限りませんでした。
完成見本だけでは、
足りないこともありました。
どこで失敗したのか。
何を変えたら直ったのか。
そして、
何をやってはいけないのか。
成功した方法と、
失敗した方法。
両方を残して、
もう一度試してみる。
私にとっては、
「完成した。」
よりも、
「もう一度やっても崩れなかった。」
ところまで確認することが、
AIを仕事で使い続けるために
必要だったのだと思います。
今日も、AIとともに一歩前へ。🤖
生長の日々。ー未来へつなぐ– 