ある日、
スタッフの日報を読んでいて、
目に留まった言葉がありました。
「少しでも皆さんの役に立ちたい。」
その言葉を読んだとき、
「ああ、分かるなぁ。」
と思いました。
困っている人がいたら、
できることなら助けたい。
仕事が止まりそうなら、
自分がやった方が早いと思う。
誰かが大変そうなら、
少しでも負担を減らしてあげたい。
その気持ち自体は、
悪いことではないと思っています。
むしろ、
私はそういう人が好きです。
でも同じ日報には、
以前、
「抱え込みすぎ」と言われたことを思い出した、
とも書かれていました。
そして、
できないことは早めに判断する。
人にお願いできることはお願いする。
そんな振り返りもありました。
それを読んでいて、
「助けたい」と
「抱え込む」は、
すごく近いところにあるんだなぁと思いました。
私自身も、
どちらかというと仕事を拾ってしまう方です。
何か問題が見えると、
「じゃあ、どうしよう。」
と考えます。
そして、
自分でできそうだと、
そのまま自分でやってしまうことがあります。
もちろん、
自分でやれば早いこともあります。
一度だけなら、
それで終わることもあります。
でも、
いつも自分が穴を埋めてしまうと、
本当は別の方法を考えた方がいいことまで、
自分の仕事になっていきます。
人が足りなければ、
自分が入る。
誰かができなければ、
自分が代わる。
困っている人がいれば、
自分の仕事を止めて助ける。
それを繰り返していると、
目の前の困り事は解決します。
でも、
自分の仕事は少しずつ後ろへずれていきます。
そして何より、
「どうすれば、
自分がやらなくても回るだろう。」
と考える機会が減ってしまいます。
ただ抱え込んでいると、
あまり考えなくなるんですよね。
自分がやれば済むからです。
でも管理する側になればなるほど、
それではいけないと思うようになりました。
自分が動くことより、
誰にお願いするのか。
何を任せるのか。
今やるべきことなのか。
そもそも、
やらなくてもいいことではないのか。
そこを考えることの方が、
大事になる場面があります。
私は、
人を助けない人になりたいわけではありません。
「それは私の仕事じゃないから。」
と、
何でも切り離したいわけでもありません。
困っている人がいたら、
できる範囲で力になりたい。
その気持ちは、
これからも持っていたいと思っています。
だからこそ、
助ける前に一度、
「これは、本当に私がやることかな。」
と考える。
自分でやる。
誰かにお願いする。
今回は断る。
その三つを選べるようにしておく。
全部を引き受けることだけが、
助けることではありません。
誰かに仕事を渡すことで、
その人ができるようになることもあります。
仕組みを作れば、
次から誰かが困らなくなることもあります。
今は引き受けないことで、
自分が本当にやるべき仕事を守れることもあります。
「役に立ちたい。」
という気持ちは大切です。
でも、
その気持ちのまま何でも拾っていると、
いつの間にか、
「私が何とかしなきゃ。」
に変わってしまう。
その境目には、
気をつけたいと思っています。
🌱 この判断基準が生まれた背景
あるスタッフの日報に、「少しでも皆さんの役に立ちたい」という言葉と、「以前、抱え込みすぎと言われた」という振り返りがありました。私自身にも、困り事が見えると仕事を拾ってしまうところがあります。助ける気持ちは大切にしながらも、自分でやることと、人へ渡すことを分ける必要があると改めて感じました。
🧭 今日の判断基準
「助けたい」と思ったときほど、
すぐに自分で引き受けない。
これは、
自分でやることなのか。
誰かにお願いすることなのか。
今回は断ることなのか。
一度考える。
人を助けることと、
全部を抱え込むことは違う。
助けたい気持ちは残しながら、
自分だけで背負わない方法を選ぶ。
💡 この判断基準を使う場面
・困っている人を見ると、すぐ仕事を引き受けてしまうとき
・自分の仕事が後回しになり始めたとき
・「自分がやった方が早い」が増えてきたとき
・管理者自身が現場の穴埋めを続けているとき
・誰かへ任せるか、自分で対応するか迷ったとき
今日も、一つの判断を未来へ。🧭
生長の日々。ー未来へつなぐ– 
