🧭 判断基準 #029 「助けたい」が、抱え込みに変わる前に。

ある日、
スタッフの日報を読んでいて、
目に留まった言葉がありました。

「少しでも皆さんの役に立ちたい。」

その言葉を読んだとき、

「ああ、分かるなぁ。」

と思いました。

困っている人がいたら、
できることなら助けたい。

仕事が止まりそうなら、
自分がやった方が早いと思う。

誰かが大変そうなら、
少しでも負担を減らしてあげたい。

その気持ち自体は、
悪いことではないと思っています。

むしろ、
私はそういう人が好きです。

でも同じ日報には、

以前、
「抱え込みすぎ」と言われたことを思い出した、

とも書かれていました。

そして、

できないことは早めに判断する。

人にお願いできることはお願いする。

そんな振り返りもありました。

それを読んでいて、

「助けたい」と
「抱え込む」は、

すごく近いところにあるんだなぁと思いました。

私自身も、
どちらかというと仕事を拾ってしまう方です。

何か問題が見えると、

「じゃあ、どうしよう。」

と考えます。

そして、

自分でできそうだと、
そのまま自分でやってしまうことがあります。

もちろん、
自分でやれば早いこともあります。

一度だけなら、
それで終わることもあります。

でも、

いつも自分が穴を埋めてしまうと、

本当は別の方法を考えた方がいいことまで、
自分の仕事になっていきます。

人が足りなければ、
自分が入る。

誰かができなければ、
自分が代わる。

困っている人がいれば、
自分の仕事を止めて助ける。

それを繰り返していると、

目の前の困り事は解決します。

でも、
自分の仕事は少しずつ後ろへずれていきます。

そして何より、

「どうすれば、
自分がやらなくても回るだろう。」

と考える機会が減ってしまいます。

ただ抱え込んでいると、
あまり考えなくなるんですよね。

自分がやれば済むからです。

でも管理する側になればなるほど、

それではいけないと思うようになりました。

自分が動くことより、

誰にお願いするのか。

何を任せるのか。

今やるべきことなのか。

そもそも、
やらなくてもいいことではないのか。

そこを考えることの方が、
大事になる場面があります。

私は、

人を助けない人になりたいわけではありません。

「それは私の仕事じゃないから。」

と、
何でも切り離したいわけでもありません。

困っている人がいたら、
できる範囲で力になりたい。

その気持ちは、
これからも持っていたいと思っています。

だからこそ、

助ける前に一度、

「これは、本当に私がやることかな。」

と考える。

自分でやる。

誰かにお願いする。

今回は断る。

その三つを選べるようにしておく。

全部を引き受けることだけが、
助けることではありません。

誰かに仕事を渡すことで、
その人ができるようになることもあります。

仕組みを作れば、
次から誰かが困らなくなることもあります。

今は引き受けないことで、
自分が本当にやるべき仕事を守れることもあります。

「役に立ちたい。」

という気持ちは大切です。

でも、

その気持ちのまま何でも拾っていると、

いつの間にか、

「私が何とかしなきゃ。」

に変わってしまう。

その境目には、
気をつけたいと思っています。

🌱 この判断基準が生まれた背景

あるスタッフの日報に、「少しでも皆さんの役に立ちたい」という言葉と、「以前、抱え込みすぎと言われた」という振り返りがありました。私自身にも、困り事が見えると仕事を拾ってしまうところがあります。助ける気持ちは大切にしながらも、自分でやることと、人へ渡すことを分ける必要があると改めて感じました。

🧭 今日の判断基準

「助けたい」と思ったときほど、

すぐに自分で引き受けない。

これは、

自分でやることなのか。

誰かにお願いすることなのか。

今回は断ることなのか。

一度考える。

人を助けることと、
全部を抱え込むことは違う。

助けたい気持ちは残しながら、

自分だけで背負わない方法を選ぶ。

💡 この判断基準を使う場面

・困っている人を見ると、すぐ仕事を引き受けてしまうとき
・自分の仕事が後回しになり始めたとき
・「自分がやった方が早い」が増えてきたとき
・管理者自身が現場の穴埋めを続けているとき
・誰かへ任せるか、自分で対応するか迷ったとき

今日も、一つの判断を未来へ。🧭

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